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 学院 web 新聞 第17号  ( 2005 年 2 月 発行 )
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学院トピックス ( 高等学校 )

美術コース 2004年度卒業制作展 開催される!!

卒業制作展 卒業制作展
卒業制作展 卒業制作展

 1月16日(日) 〜 23日(日)の一週間、大阪 梅田の宝塚造形芸術大学 大学院サテライト4Fのギャラリーにて、2004年度美術コース卒業展覧会が開催されました。前年度から始まった帝塚山学院高等学校 美術コース展ですが、今年度は卒業生の卒業制作作品と一年間で制作した授業作品、また2年生美術コース生の選抜作品も展示され多くの入場者でにぎわいました。
 宝塚造形芸術大学 大学院サテライトは、安藤 忠雄 氏設計の近代的な建築で刻々と窓ガラスの色彩が変化することでも知られています。エントランスである1階には、鑑賞者を迎えるように2年生のコンピュータグラフィック作品が展示されました。
 エレベーターで4Fギャラリーに着くと、エレベーターの扉が開いたとたん奇妙な音楽が聞こえてきます。会場入り口廊下には大きな樹木が印刷されたパネルに、3年生の卒業作品「妄想の木」の映像が、その音楽とともにダブルイメージで投射されました。この作品は、パネルの樹木のシルエットにパソコンで映像編集された様々な幻想シーンが投射される作品で、美術関係者に高く評価されていました。帝塚山学院 美術コースで取り組んでいる、映像メディア表現の成果が感じられる作品でした。
 会場に入るとまず、デッサンの授業作品が展示され、様々な質感、形状のモチーフを組み合わせての鉛筆デッサン、鳥の剥製、制靴、石膏像など2年生からのデッサンの成果が表れた作品が多く、鉛筆一本で作り上げられる宇宙に見学者から驚きの声があがっていました。
制靴 鑑賞
 次に2年生が土曜日の4時間連続の造形体験授業で、「卒業生から学ぶ 本作り」で帝塚山学院大学 芸術学科に在籍する先輩からの講習で作った写真集「私の宝物」の作品が並びました。鑑賞者は、製本された写真集のページをめくりデッサンとはまた違う、高校生の日常のスナップ写真と文章を楽しんでいました。また、2年生の芸術選択の授業で作られたカラフルで楽しい「お面」やブロマイドの忠実な「模写」では、美術授業の幅の広さを実感された人が多かったようです。
 美術コースのマルチメディア教室から生まれた3年生のコンピュータグラフィック作品の展示では、アナログとは違った映像合成の新しい世界が展開されました。3年生のデザイン作品では、テーマを設定したデザインポスター作品が展示されイメージの単純化、シンボル化、造形化、情報伝達など力作が並びました。夏の私学展で大阪府教育委員会長賞を受賞した作品などにも、注目が集まっていました。
 コンピューターを使ったデジタル表現とは対局にある、手描きの水彩画、日本画、洋画作品など、アナログ表現の作品のも展示されました。土曜日の造形体験授業などで「描写する」といった造形の原点を大事にし、時間をかけて取り組んだ「大作制作」の作品も展示されました。大阪府知事賞や大阪市教育委員会長賞など、帝塚山学院の伝統ある日本画、洋画の作品の前では、足を止めてじっくり鑑賞する人が多く見られました。
 新しい自由な表現であるテーマ作品のコーナーでは、生徒がのびのびと制作した立体やレリーフや映像など、様々な表現手段でテーマを追いかけた作品が並びました。学校のカラーと言うよりも、生徒一人ひとりのカラーが感じられるコーナーとなりました。立体作品にも同じような多彩でユニークな表現作品が並びました。その他に、鶴の恩返しから着想された服飾作品、イタリア美術研修で観たボッテイチェリの「春」の作品の実物大模写にチャレンジした作品、和風の照明作品、ユニークな着想の楽しい木工作品などのびのびとした卒業作品が並びました。
 大型テレビの置かれたコーナーでは、グループで制作し「CM − コマーシャル」や個人の「アニメーション」作品が上映され、笑い声とともに楽しく映像作品に見入る人が多く見られました。
 最後に立体構成の授業作品、色彩構成、色彩イメージ、着彩の作品が展示され、一通り観た鑑賞者からは、多彩で、自由で、エネルギーにあふれた美術コース生の作品への賞賛の声をたくさんいただきました。来年度の卒業制作を控える2年生の来場も多く、先輩達のレベルの高い作品から大きな影響とヒントを得たようでした。
 1週間の展覧会の開催で、宝塚造形芸術大学の関係者、中学生、小学生、外国の方などにも観ていただくことができた卒業展覧会でした。なお、展覧会の様子は、美術コースのホームページで公開されています。

( 中学校・高等学校 教諭  兵頭 慎 )
帝塚山学院高等学校美術コースのURL:http://homepage.mac.com/shinhyodo/Menu3.html



各校だより

【 幼稚園 】

■ 節分 「豆まき」

豆まき  2月3日(木)に、豆まきを実施しました。「鬼は外!福は内!」と、大きな声が部屋いっぱいに響いています。とっても大きな赤鬼と青鬼が、子どもたちを追いかけてきます。悪い鬼を追い払うため、子どもたちも両手いっぱいの豆を投げつけました。
 年長組さんや年中組さんの中には、鬼を引っ張る園児の姿も。初めて豆まきに参加する年少組さんも、鬼にたくさんの豆を投げて追い払いました。どこからか「怖いー!!」という声も聞こえて来ます。たくさんの子どもたちに豆を投げられて鬼さん達も降参し、優しい鬼に変身しました。
 最後は、鬼さんたちと仲の良いお友達になって記念写真を撮りました。とっても楽しい素敵な一日になりました。

( 幼稚園 常勤講師  乗重 智子 )



【 小学校 】

■ 書き初め展

書き初め展  1月19日(水) 〜 21日(金)まで、小学校 4階廊下で書き初め展を行い、1年間の書道学習の成果を保護者に見ていただきました。
 本校では、全国の小学校が3年生から毛筆を使い始めるのに先がけ、2年生の2学期から毛筆を使い始めます。筆の使い方から始め「一」「二」「下」等の一文字書きから、「正月」などの二字を書くことになります。
 苦労の末、自慢できる作品を書きあげた子どもたちは、笑顔をほころばせながら作品展を迎えることができました。

( 小学校 常勤講師  扇田 文雄 )


■ 3年生 社会科見学

 3年生になってはじめて学ぶ社会科学習。できるだけ本物に触れさせたいと思い、この1年に、「住吉図書館」、「粉浜商店街」、「大阪暮らしのミュージアム」、「しものファーム」、「グリコピア」と5つの施設を見学させていただきました。見学後の子どもの日記をもとに報告します。

● 5月「住吉図書館」
 市立図書館は、学校の図書館と少し違いました。お年寄りから小さな子どもまでが利用するところです。だから、本の種類がたくさんありました。読みたい本を、係りの方に尋ねたら、すぐに見つけてくれました。パソコンを使って簡単に見つけた人もいました。また、お年寄りのために、大きな字の本もありました。1年生の国語の教科書くらいの大きな字でした。体の不自由な人が利用しやすいように、エレベーターがあり、点字ブロックがありました。ぼくは、家の近くの図書館に行こうと思いました。

● 10月「粉浜商店街」
粉浜商店街 アーケード、カラー舗装道路など、よく工夫しているなと思いました。お店の方々に質問すると、とても親切に質問に答えてくださいました。忙しい時間帯なのに申しわけないなと思いました。お母さんから頼まれた、トマト、ショウガを買いました。八百屋さんが6軒もあったので、値段と新鮮さを比べて買いました。お金が余ったのでコロッケを買いました。ほかほかで、とてもおいしかったです。

● 11月「大阪暮らしのミュージアム」
大阪暮らしのミュージアム はじめに係員の方から、昔使ったものから、クイズをしていただきました。「ごりょんさん」「でっち」などの昔言葉がおもしろかったです。昔の道具の使い方を習いました。みんな「へえ!」と驚いていました。昔のお店、長屋も見せていただきました。いろいろ工夫がしてあり、昔の人って賢いのだなあと思いました。

● 12月「しものファーム」
しものファーム 小松菜を作っていました。種まきは、機械を使っていました。機械を使うと間引きをしなくてよいそうです。ビニールハウスには、自動で水撒きや屋根が開いたりするいろいろな仕掛けがありました。しものファームは、なるべく農薬を使わないようにがんばっています。ですから虫に食べられないようにするのは大変だと言っておられました。帰りに小松菜をたくさんいただきました。給食のおばさんが料理してくださるそうです。明日の給食が楽しみです。

● 1月「グリコピア」
グリコピア はじめに、甘いにおいのする工場内を見学しました。ベルトコンベアにのって、次々とプリッツやポッキーができていきます。清潔な服装をした働く人は、がんばっていました。ロボットは人間の手のように器用に動いていました。次に、「チョコレートのできるまで」や3Dの映画を見せてもらいました。カカオはくさいです。でも、チョコレートになると甘い香りがしました。不思議でした。記念館では、江崎グリコの移り変わりがわかりました。その中でも、昔のグリコキャラメルの自動販売機がおもしろかったです。コインを入れるとチャンバラ映画が映ります。その後キャラメルが出てくるのです。今もあったら絶対買うのに。案内してくださったお姉さんたちは、とても親切で、いろいろな質問に答えてくださいました。私も、グリコの会社に入ろうかなあ。

( 小学校 教諭  岩本 雅充 )
粉浜商店街のURL:http://www33.ocn.ne.jp/~kohama/
大阪暮らしのミュージアムのURL:http://www.city.osaka.jp/sumai/museum/frame/0_frame.html
しものファームのURL:http://www.sakai.zaq.ne.jp/shimonofarm/menu.htm
グリコピア神戸のURL:http://www.glico.co.jp/glicopia_kobe/



【 中学校・高等学校 】


■ 中学校2年生「アイマスク体験」

 12月14日(火)・15日(水)、中学校2年生の総合学習で、障害者問題の取組みとして「アイマスク体験」をおこなった。住吉区 社会福祉協議会より3名のスタッフの方に来ていただき、アイマスクを着用した生徒を介助しながら校内外を歩いてみた。
 毎日歩いている道のはずなのに、アイマスクを着用すると、遠くで聞こえるはずの踏切の音やパン屋さんの香りにも敏感になり、小さな段差でも立ち止まってしまう。校内に戻ってくる頃には、「もうすぐマットがひいてあるよ。」「横で小学生が鬼ごっこしているよ。」など、見えない人にたくさんの情報を伝えようとする声をかけるようになってきた。この体験を通して障害者の問題にとどまらず、人への思いやりや心配りの大切さを学んだようである。

( 中学校・高等学校 教諭  大塚 幸男 )


■ 高等学校 1・2年生合同講演会

黄瀬 邦夫 氏 1月26日(水)に、高等学校1・2年生を対象に「人権」についての講演会がありました。
 講師は、黄瀬 邦夫( きせ くにお )さんをお迎えし、「自分を見つめる権利」というテーマで、自分が楽しく生きていることを語り、楽しく生きている人々の話をおりまぜながら、生徒たちに人生を楽しく生きることの素晴らしさを語った。1997年に出版された『極楽トンボのメルヘン日記』より「絵を描かなくっても、木や石を彫らなくっても写真を撮らなくっても、人をやさしく思いやり、謙虚に心豊かに爽やかに生きている人たちは皆アーティストだと思うのです。」と、黄瀬さんは生徒たちに語りました。

( 中学校・高等学校 教諭  加藤 喜一郎 )
※『極楽トンボのメルヘン日記』 黄瀬 邦夫 著・日本デザインクリエーターズカンパニー
黄瀬 邦夫さんのページのURL:http://webclub.kcom.ne.jp/mb/meruhen/page017.html



【 泉ヶ丘中学校・高等学校 】


■ 泉ヶ丘中学校 サッカー部 大阪府私立中学校サッカー大会にて優勝

サッカー部 12月26日(日)、泉ヶ丘中学校 サッカー部が、平成16年度 第7回大阪府私立中学校サッカー大会において優勝を飾りました。
 大会は3チームによる予選リーグから始まり、大阪星光学院中学校を4対0で破り,高槻中学校と2対2で引き分けて、予選リーグを1位で通過しました。準々決勝は、東海大学付属仰星高等学校 中等部と対戦し2対1で勝利し、続く準決勝は 四条畷学園中学校を1対0と破り、決勝戦に進出しました。
 決勝戦の相手は、昨年度優勝校の関西大学第一中学校でした。試合は一進一退の白熱したゲーム展開となり、両校とも規定の試合時間では得点をあげることができず、0対0のまま延長戦へと突入しました。しかし、延長戦においても両校とも決め手を欠き、結局0対0のまま試合は終了し、大会規定により両校優勝ということになりました。
 3年生は最後の大会に優勝という結果を残し、本当によかったと思います。1・2年生たちは、3年生の果たせなかった単独優勝を目指して、これからの練習に励んでほしいと思います。

( 泉ヶ丘中学校・高等学校 教諭 サッカー部 顧問  楠瀬 寿夫 )


■ 高校留学生日本語による体験発表会で2年連続「優秀賞」を獲得!!


■ 新潟中越地震募金

スパナン・サマバタクル さん 1月15日(土)、大阪市天王寺区のホテルアウィーナ大阪にて「第12回 高校留学生日本語による体験発表会」( 大阪府高等学校国際教育研究会 主催、読売新聞 大阪本社 後援 )が行われ、本校の留学生 スパナン・サマバタクル さん( 通称 ポー。タイ出身で国際科 1年A組に在籍しています。 )が見事「優秀賞」を獲得しました。
 この会は毎年この時期に実施されています。日本に来て日々学習している日本語で、日本での体験を元にそれぞれの思いを発表します。その中の優秀者3名に「優秀賞」が授与されます。「日本での良き思い出に」と、留学生はこの日に向け、練習に励みます。
 本校の留学生は毎年この会に参加し、良い成績を修めることが出来ています。ポーも「先輩方に続きたい」と練習に練習を重ねました。途中、想像以上の苦労から涙する日もありましたが、受賞する自分を想像しながら、練習を続けていました。
 本番では、緊張のあまり一瞬つまりかけるシーンがあったものの立派に発表が出来て、見事に入賞しました。自分の名前が呼ばれた瞬間、喜びと安堵感から目は大粒の涙でいっぱいになっていました。「最後まで諦めずに頑張って良かった。この感動は忘れません。そしてこの日のために協力してくださった学校の先生方や友達そして家族には感謝の気持ちでいっぱいです。」と語ってくれていました。
留学生とダウさん 当日、ポーには大きな援軍がありました。6年前の本校の留学生であったダウさん( タイ出身 )がポーの応援にかけつけてくれたのです。ダウさんは大学卒業後、日本の大手企業に就職。現在研修生として名古屋に滞在しています。彼女もこの会で入賞した1人で、誰よりもポーの気持ちが分かるようで、「後輩の応援に」と名古屋から足を運んでくれました。当日ダウさんにも主催者から「是非スピーチを」と依頼があり、急遽最後にメッセージがおくられました。6年前の自分と今の自分について日本語と英語で伝えてくれました。ダウさんの立派な姿に、胸が熱くなりました。
 最後になりましたが、ポーのスピーチは、本校のホームページに掲載しておりますので、是非ご覧ください。

( 泉ヶ丘中学校・高等学校 実習助手 国際科担当  早川 満紀 )


留学生日本語スピーチコンテストのURL:http://www.tezuka-i-h.jp/inter/Japanese-speech.htm



【 大 学 】


■ 大阪狭山市で行われた成人式でゴスペルを披露!

ゴスペルサークル  1月10日(祝)、ニューヨークから帰ってきて間もない私たちは興奮の冷めないまま大阪狭山市 主催の成人の式典の舞台に挑みました。人前に立つことにだいぶ慣れてきた私たちは、自分らしく生き生きとそして祝福の気持ちを込めて歌いました。新成人のみなさんにもその気持ちが伝わったのか、真剣に聞き入ってくれました。
 私たちがこの成人式に出させて頂くきっかけとなったのは、昨年の大阪狭山市の「狭山池まつり」で歌をパフォーマンスした際、市長のお目に止まったことです。私たちがこれまで活動してきた過程には、たくさんの人たちの協力とご支援があったからだと本当に感謝しています。今後もさらに輪を広げ、多くの方に私たちの歌を聴いて頂ければと思っています。

( ゴスペルサークル links 大学 文学部 英語コミュニケーション学科 3回生  栗本 梓 )



同窓会だより


■ 磯村隆文学院理事長の「私の大阪」 帝塚山同窓会 文化の会 第148回例会

文化の会

磯村 理事長
 「文化の会」では2月5日(土)、帝塚山学院理事長 磯村 隆文 先生をお迎えして第148回の例会を、大阪 心斎橋「大成閣」で卒業生多数参加の中、開催しました。
 今回のお話は「私の大阪」。大阪で生まれ、大阪で育ったという磯村 先生は、大阪の歴史と現状をご専門の経済の立場からわかりやすく話され、最後に学院について、「ご縁があって理事長になった以上、この学院が健全な形で残っていけるよう、100周年を待つ余裕はない、来年の90周年を目途にやれることをやっていきたい。同窓生皆さんの多大のご援助をお願いします。」と、学院への想いと決意を述べられ、話を締めくくられました。

( 帝塚山同窓会 広報委員会 )



リレー随筆

「龍馬回想」 大学 文学部 教授 森田 恭二

森田 さん 私の亡き母は、土佐藩の画師 河田 小龍の曽孫である。母の中に流れていた土佐の武人の気風を探究する中で、河田 小龍と坂本 龍馬が同時代の人物で、しかも相当な親交があったことが明らかとなった。
 天保6年(1835)11月15日、龍馬は土佐藩郷士 坂本 八平の次男として、高知城下の上町に生まれた。龍馬の生家 坂本家は、土佐 長岡郡 才谷村 出身の商家であったが、その一族 兼助が郷士となって分家した家筋であった。龍馬の中には、商家 才谷屋の気風と郷士 坂本家の気風双方が受け継がれていたといえよう。
 喜永6年(1853)19歳となった龍馬は、江戸の北辰一刀流 千葉 定吉の門下に剣術修業に出ることとなった。江戸滞在中、龍馬はペリーの浦賀来航に巻き込まれた。「泰平の眠りをさます上喜撰(蒸気船)たった四はいで夜も寝られず」、江戸市中は大騒ぎであった。ここに龍馬は新しい時代の夜明けを見た。土佐藩出身の一人の青年が歴史の舞台にひきずり出されたのである。20歳で一旦帰国した龍馬は、画師 河田 小龍と親交を深めている。
 小龍は、文政7年(1824)高知城下生まれであるから、龍馬より11年長であった。若い頃京都に出て狩野派の絵画を学ぶが、画師としてよりも、土佐藩屈指の学者として名高かった。藩士の命で、土佐の漂流者 ジョン 万次郎を取調べたのが小龍であった。その海外事情をまとめた著書が『漂巽紀略( ひょうそんきりゃく )』である。その中で小龍は海軍の必要を主張、富国強兵を説いている。龍馬が海軍に志を持ち、海援隊を経営するようになるのも、この小龍の影響である。
 「大政奉還」と「明治維新」を見ることなく龍馬は逝った。幸い河田 小龍は天寿を全うし、明治31年(1898)75歳まで生き延びた。龍馬と結んだ夢を現実に見ることができたのである。

 次回の執筆者は、大学 人間文化学部の吉川 康夫 教授を予定しています。

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